⑥ リンパ浮腫
リンパ浮腫とは
慢性的なむくみ(浮腫)には様々な原因がありますが、時に乳がん、子宮がんをはじめとしたがん治療後のリンパの流れの不調が原因でおこる『リンパ浮腫』という病気があります。
リンパ浮腫はむくみだけでなく、時に浮腫を起こしている場所に細菌感染(蜂窩織炎)を起こすことがあり、最終的には象の皮膚のような固く分厚い皮膚(象皮病)となります。
リンパ浮腫の原因
リンパ液は本来心臓から動脈に乗って末梢へ運ばれ、その間に徐々に皮下に漏れていきます。その後役目を終えたリンパ液はリンパ管に回収され、心臓の手前で静脈に合流します。
リンパ浮腫の原因の多くはがんのリンパ節切除を伴う手術後、または放射線療法後です。治療によりリンパ管の途中にあるリンパ節が摘出・放射線照射されることによりその部位でリンパ管が詰まります。リンパの流れが悪くなっても、新しいリンパの流れる道ができることで、問題なく過ごせる方もいます。しかし、何らかのきっかけでリンパの流れが悪くなると、末梢の腕や足のリンパ液が滞ることによりリンパ浮腫になります。
- (a)リンパ液は行きは動脈血(赤)と一緒に心臓を出て、帰りはリンバ管(緑)にのって、血液とは別に帰ってきて心臓の手前で静脈(青)に合流します。リンパ管には途中リンパ節というふくらみがあります。
- (b)多くのガンの手術ではリンパ節を切除するためその部分でリンパの流れが滞ります。
- (c)やがてリンパ節が切除された末梢の手足がリンパ液で溢れ、むくみます。
リンパ浮腫の症状
- 上肢または下肢周径の増大
皮下にリンパ液が貯留するため、腕や足が太くなります。それにより左右差が生じ、服や靴が入らなくなり、生活に支障が出ます。
- 重さや動きにくさ
溜まったリンパ液分だけ腕や足は重くなり、動きにくさを感じるようになります。また浮腫が進行すると皮膚が象の皮膚のように固く分厚くなるため、動きがさらに制限されるようになります。
- 蜂窩織炎になりやすくなる
蜂窩織炎とは皮下に炎症を起こす感染症です。浮腫の腕や足には皮下にリンパ液が貯留します。リンパ液は蛋白質や糖質が豊富で、細菌が入り込むとそこでリンパ液をエサに増殖して炎症を引き起こします。きっかけは水虫や蚊にさされたなどの些細なことでも起こります。
蜂窩織炎が起きると腕や足は赤く腫れ、熱感や痛みが出現し、その後高熱が出ます。治療は1週間以上入院での治療を必要とすることも多く、患者さんの生活に大きな影響が出ます。また、蜂窩織炎にかかるとリンパ浮腫は悪化し、それがまた蜂窩織炎になりやすい状態になるという負のサイクルに陥ります。そのためリンパ浮腫の患者さんの蜂窩織炎予防は治療の最も重要なポイントとなります。
リンパ浮腫の診断
腕や足がむくむ病気はリンパ浮腫だけではありません。むくみは心臓などの内臓の病気や静脈が閉塞することでも起こるため、むくみの原因を診断することが治療の最初の重要なポイントです。
以前までは、リンパ浮腫は他の臓器にむくむ原因がないことを確認(除外)し、それと合わせがんの既往があることで診断するという『除外診断』という方法で診断されていました。しかし、2018年9月よりリンパ浮腫を直接診断する『シンチグラフィ』という検査が保険適応となり、当院でもこの検査を導入しています。この検査は外来で行え、また診断だけでなくリンパ浮腫の重症度もわかるため、患者さんにあった治療法を選ぶためにも有用です。
さらに、インドシアニングリーンという医療用色素を用いた蛍光リンパ管造影や、リンパ管にカテーテルで直接造影剤を入れる透視検査など大学病院ならではの最先端の機能を生かした検査を行っています。
リンパシンチグラフィ
蛍光リンパ管造影
※本掲載に関して患者様からの同意をいただいております。
リンパ浮腫の治療
リンパ浮腫の治療は①圧迫療法、②リンパドレナージ、③手術療法に分かれます。この中で最優先されるべき治療は圧迫療法となります。リンパドレナージ、手術療法は圧迫療法をより効果的にするための補助的な作用があります。
- 圧迫療法
むくみのある腕や足を圧迫することにより、貯まったリンパ液を押し流す作用があります。包帯によるものと弾性着衣(ストッキングなど)によるものがあります。包帯による圧迫の方が効果は高いですが、包帯を多層に巻くなどの煩雑で時間がかかる作業となるのが欠点です。当院で治療を受けられる患者さんには、はじめはストッキングタイプの弾性着衣を装着していただいています。その際リンパ浮腫セラピストの資格を持った看護師の計測の上、適切なストッキングをご紹介いたします。各種試着品も揃えており、多くの患者さんが無理なく装着されています。また希望する患者さんには包帯の巻き方指導も行っております。
- リンパドレナージ
リンパドレナージも圧迫療法と同様に貯まったリンパ液を流す作用がありますが、圧迫療法の様に直接的に働きかけるのではなく、リンパの通りが悪くなったところにリンパ液が流れていかないように脇道をつくるよう誘導すること、皮膚を柔らかくすることが主な目的となります。ドレナージを実施したあとに圧迫療法をすることが効果的です。
ドレナージには患者さん自身で行ってもらうシンプルリンパドレナージ(SLD)と資格を持ったセラピストが行う用手的リンパドレナージ(MLD)があります。どちらも浮腫を軽減するという報告が多くされています。当院では希望された全患者さんにSLDの指導を、日常生活をする上で負担にならず継続してできる方法を考えながらお伝えしています。またMLDに関しては2023年を目途に保険での診療を行えるよう準備を進めています。
※MLDに関しては多くの施設では自費での診療が行われているのが現状です。保険でMLDを行うためには必要な施設基準があり、当院では2022年度中に基準の取得をし次第、提供できる予定です。 - 手術療法
手術療法にはリンパ管静脈吻合術(LVA)とリンパ節移植術(VLNT)があります。
多くの患者さんにLVAが適応となります。これはリンパが詰まっている部位よりも末梢側でリンパ液を静脈に流す脇道を作ることによりリンパ液の排出路を確保する方法です(下図)。手術は局所麻酔(希望者は全身麻酔)で、当院では最短1泊2日での入院治療となります。手術前後の制限や合併症もなく気軽に受けられる手術です。リンパ浮腫の腕や足の周径の軽減はもちろんのこと、蜂窩織炎の発症率が未手術の患者さんよりも1/8となる報告があるなど、蜂窩織炎の高い予防効果が期待できます。
一部、LVAが適応にならない患者さんにはVLNTが適応となります。LVAと同様の効果が期待できますが、入院期間は約1週間と長い入院期間が必要なため、当院ではLVAを優先し、その適応がない方にVLNTを行っています。
下にLVA、VLNTを受けた患者さんのそれぞれの術前後の写真をお示しいたします。
リンパ管静脈吻合術(LVA)はリンパ管と静脈の間に橋をかけてあげる手術です。
膝上で周径3.5cm減少
下肢で周径5cm減少
※本掲載に関して患者様からの同意をいただいております。
当院でのリンパ浮腫の診療体制について
当院ではリンパ浮腫に関わるすべての検査・治療で保険適応が可能です。ただし弾性着衣や包帯の購入に関しては一時的に全額負担で購入していただき,その後,必要書類を持参し市役所等で手続きを行ってもらうことで7~9割が返金されます。手続きに関する書類の用意や方法などは外来でご説明いたします。また生活保護の方にも弾性着衣などの処方が助成の範囲で可能ですのでご相談ください。
当形成外科のリンパ浮腫診療は厚生労働省が認可した『専門的なリンパ浮腫研修に関する教育要綱』を満たした研修を受けた医師1名,看護師1名ですべての患者さんの対応をしております。そのため外来が現在は木曜日のみとなっており,ご不便をおかけしております。初診・再診に関わらず,都合のつかない場合には個別に対応いたしますので防衛医科大学校病院04-2995-1511(代表)より形成外科外来にご相談下さい。